1・17 23年目の「阪神・淡路大震災の日」\聴力検査の日でした


昨夜から降り続いた雨は
今朝も続いていた
雨降りな割には
気温がやや高めなようで
何だか生ぬるく湿気た一日でした

本日は「阪神・淡路大震災」が
発生してから23年目の日で
雨のそぼ降る中発生時刻の
午前5時46分に合わせ
三宮・東遊園地を始め
被災地各地で慰霊式典が
行われました

180117「阪神・淡路大震災」慰霊式典 05地46分於三宮東遊園地 神戸新聞NEXT b_10903885_VGA

震災による死亡者6434人
行方不明者がまだ3人いるとか
待つ身の家族は毎年この日を
どんな気持ちで迎えているのだろう

追悼に集った人達は
「語りついでいかなければ」と言う
でも何を語りついでゆくのだろう
昔こんな大きな地震があって
多くの人が亡くなったって事?
僕にとっては出来るものなら
忘れたい記憶です
敬虔な祈りよりも
陰鬱な気分になってくるんです
何だか塞がりかけた傷口を
また広げられて
塩を塗り込まれているような
気分になる

戦争ならば
戦禍を避ける努力はできる
でも相手が天災なら
またどこかで起きる
ひょっとして再び神戸の街が
瓦礫と化すかも知れない

今日は「神戸市危機管理室」から
「大津波発生」の訓練用の
「エリアメール」が届いていましたが
災害の惨状を語り継ぐだけでなく
大切な事は天災に見舞われた時
如何に生き延びるか
如何に被害を少なくするか
如何に手際よく救助や
復旧・復興に向かえるか
だと思う
やはり経験を活かさなければ
語り継いだところで
震災を知らない世代にとっては意味が無い

この慰霊式典は
いつまで続けるのか知らないけど
防災・救助・復旧・復興
について考える日
行動する日であって欲しいと
僕は願います
今また同規模の地震が起きると
また同じ規模に近い犠牲者が
出るように思えます



今日は半年に1度の
右耳の聴力検査の日でもあり
病院に行ってきました

最寄り駅の改札前風景
友人も時折「ジム遠征」に
行っているようなので
見覚えある風景のハズ

IMG_180117_1502 西神中央駅コンコース_VGA


駅前の広場

IMG_180117_1504 西神中央駅前広場_VGA


構内のステンドグラス

IMG_180117_1503 西神中央駅コンコースのステンドグラス_VGA


病院の聴力検査室

160823_4136通院先病院の聴力検査室VGA

一昨年の8月4日
朝起きた時右耳が
突発性難聴になり
基本的なステロイド剤の
点滴を1週間連続で投与し
併せて抗生物質や
代謝を良くする薬も
服用したけど
最たる効果が無く
その間に撮ったMRIから
「聴神経鞘腫」が
原因と判った
それ以降耳鼻科での聴力検査は
半年に1度
脳神経外科のMRI検査は
1年に一度の割合で
通う事になった次第
まぁ結論は治らない
って事なんですが
悪くなっても良くならない疾患に
聴力検査を続ける意味があるのか
僕には疑問ですけどねぇ

いまだに右耳の奥で
「ザー」と言う音や
「カチカチ」言うクラック音
FAXのような「ピロピロ~」
と言う音が鳴っていたり
急に鼓膜が圧迫されるような
違和感はありますが
1年以上も付き合っていれば
聴き取り難いなりに
ある程度は慣れてしまうもんですねぇ
気に病んでも仕方ないし~(^^;

んで今日の検査の結果は
悪くはなっていなかったけど
良くもなっていないようで
まぁこんなもんって感じの
医師の扱いで
僕も別にどうでもいいので
聞き流していました

この担当医
耳鼻咽喉科の部長らしい
別に威張り散らすタイプ
じゃないんだけど
自分のペースを乱されるのが
お嫌いな方のようで
僕が途中で質問すると
「まぁ聞いて下さい」と
最後まで話を続けようとする
でもその話が結局
症状が悪化していないのは
当初の自分の処置が
適切だった為だと言う
自慢話に聞こえて
僕は内心自慢するなら
僕の聴力を戻してからにしろと
毒づいています(^^;

難聴の原因が「聴神経鞘腫」なら
ステロイド剤を投与しても
効果は無いように思えるけどねぇ
兎に角患者と話しする時は
平であろうと部長であろうと
モニター画面を見ながらではなく
患者の顔をちゃんと見て
患者の言葉に耳を傾けなさい!
と申し上げたい
近頃の大病院はどこも
「電子カルテ」を導入して
各科での診断・検査結果・治療等の
情報共有や会計処理等は早くなったけど
医師が益々患者の顔を見なくなり
キーボード打ち込みに
慣れていない医師は
打ち込み最中に
患者に話しかけられるのを
如実に嫌がるようになった
なんか本末転倒のような気がします

次は2月に
「聴神経鞘腫」が
大きくなっていないか
また脳のMRI検査する予定です
せっかちな僕としては
半年や1年に1度と言うスパンは
イラッときますが
それも気にしなければ気にならない、で
どうでもいっか~って感じ

別件で別の総合病院の
脳神経外科でもその間
何度か脳のMRI検査
受けているんで
「聴神経鞘腫」の方も
特に大きくなっていない事は
確認できていて
さほど気に掛けてもいません

検査と受診終了後
腹が減ったので
院内にある「ドトール」で
「朝カフェ」の
ハムエッグトースト&コーヒーを
注文しました

IMG_180117_1508 病院内の「ドトール」朝カフェ「エッグトースト」390円_VGA

これが結構新鮮で美味しかった(^・^)
お値段390円ナリ


-------------21:09
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テーマ : 地震・天災・自然災害
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ザ・貴腐人さん へ

こんにちは
コメント有難うございます

1月17日が近付くにつれ
大震災関連のニュースが増えてきて
被災当時の映像なども流されますが
僕はいまだに直視できません
23年経った今も
そんな映像に心を刺され
新たな血が吹き出しているような
気分になります

天災に見舞われた地域での報道も
とても他人事とは思ええず
心が震えてしまうので
あの時に目にした光景が
すっかりトラウマになってしまって
いるのかも知れませんねぇ

でも被災してみて改めて
災害時の対応に関して
違った視点に気付かされた
と言う側面もあり
防災や救助・復旧・復興の在り方
それ自体を語り続けなければ
いけないのではないかと
感じています
実際「阪神・淡路大震災」後の
被災地では神戸がモデルケースと
なっているようです
もしそれで数人でも多くの
命や財産が救えるなら
あの震災で犠牲となった方々の命も
救われるような気がします

救助で大切なのは
やはり初動のスピード感でしょうね
避難場所で実際に必要な品
仮設住宅建設や入居方法
支援金の規定や分配方法等々
被災後20年を過ぎた頃から
一時の避難場所としての
復興借り上げ住宅の
退去期限が来て
やっと生活が落ち着いた時にまた
高齢者がそこから追い出される
と言う問題もクローズアップ
されています
街の復旧は10年前後で
何とか形を作られても
人の心身状態や生活が
落ち着きを取り戻すまでには
少なくとも30年はかかります
恐らく東北はその比ではないかも
南海トラフが発生すると
関東から四国・九州に掛けての
太平洋側の広い地域で
壊滅的な打撃を受けるでしょうし
人の命など大きな自然の前では
木の葉のようですが
それでも生き延びる知恵は
あると思います
人間は結構しぶといですから



No title

今晩は

なんか 怖くて見られないんですよ。
見ると 年だから すぐ涙でるし。

親戚は神戸で その家は建て替えたばかりで
大丈夫でしたけど 隣の家は駄目だったそうで。

親戚は 東京の別の親戚のところに
一月いました。ガスがずっとなおらなくて。

災害があると 自衛隊に感謝してます。
うちは 新潟地震の時 お世話になってます。

今日のラジオで 当時の市長?だか
県知事?が 自衛隊嫌いで いれなかったから
被害が 酷くなったとか言ってましたが・・
東京の時 大丈夫かなとか ちらって 
思いました。

お体大切にしてくださいね。

月曜 わたしも病院で 
まあまあの結果でした。
薬は ずっと飲まないといけないから
災害が 怖いです。
多めに出してくれないからなあ・・。
Translation(自動翻訳) 横型エキサイト版
黒ねこ時計 くろック D04
プロフィール

まっとし

Author:まっとし
一応ゲイやってますが
ひとりの人として
日々感じる事をダラダラ書いてる
カナダ生まれのQuarterです
今は神戸に住んでいます
日本語OK
でも漢字は苦手(^^ゞ

2013年3月14日に
長年一緒にいて
家族とも思っていた元野良猫の
「ニャンコ」を
腎不全からの尿毒症で
たった2日で呆気なく亡くし
ちょっと寂しいですが
お隣が捨てた半野良ネコの
「トラ美ちゃん」が
訪ねてきてくれるので
その世話で気分が紛れていますねぇ(=^・^=)

「Twitter」や「Facebook」
などのSNSはやっていない為
「いいね!」とか「ツィート」
等はクリックできないので
予めご容赦下さい
<(_ _)>

22 Dec.2014 ブログ名変更

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