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本白根山の噴火\慶大生、親殺しの伏線


今日は晴れたり曇ったりの
風のやや強い暖かいのか寒いのか
よく判らない一日でした
明日の最低気温は
氷点下になりそう
今夜も既にメッチャ
冷え込んでいます

今朝10時頃
群馬県と長野県の県境にある
本白根山の鏡池付近で噴火が起き
近くの草津国際スキー場のスキー客や
訓練中の陸上自衛隊員が
噴石や雪崩に巻き込まれ
怪我を負いそのうち
噴石に当たった自衛隊員1人が
亡くなったとか
お気の毒になぁ・・

ニュース映像で見たら
噴火場所はスキー場の直ぐ近く
噴火を予知出来なかったのかなぁ
火山帯に在る日本では
いつどこで地震や噴火が起きても
不思議じゃないけど
温泉地やスキー場
登山、ハイキングコース等では
さすがに外れてもいいから
事前に大事をとって
警報出して欲しいよね



東京都大田区南雪谷で
1月18日午後10時頃起きた
20歳の息子による父親刺殺事件

父親は慶応大学法学部卒で
不動産管理会社のオーナー
今回の容疑者である
20歳の息子も慶応大学2年生
その下の17歳の弟も
慶応塾高在学中と言う
一見何不自由ない
家庭のように見える

ただ今回の事件には
そこに至る伏線があったようで
各報道をまとめてみると
被害者である父親は
かつての有名漫才コンビ
「コロンビア・トップ・ライト」の
ライトさんの息子さんらしく
代議士秘書も務めた経歴の持ち主

学生時代から漫才師である
親の事でからかわれると
激昂して誰彼となく
暴力を振るっていたそうで
現在の家庭でもどうやら
DVを行っていた様子
ただ父親は躾や教育の一環
で行っていたつもりで
恐らくDVと言う認識は
なかったのではないかな?

今回容疑者となった
20歳の長男も
体に複数のアザがあるのを
友人に指摘されると
親が厳し過ぎてと
こぼしていたそうな

180118 父親を刺殺した鳥屋智成容疑者(20) 809899e9_714x710

人の心理状態は顔に出ると
言われていますが
ジャニ系の甘く穏やかな顔から
親を殺すような凶悪な面は
微塵も感じられないし
中学・高校時代空手部に
所属していた事すら
信じられないくらいです
力で抑えつける父親に対し
自分も対抗出来る程の
力をつけたかったのかな

周りの友達の評判では
気が利き友達や後輩思いの
優しい面があったようだけど
明るい時と暗い時の差が大きく
情緒不安定な一面も
あったようですね
高校に入ってからは
進路や成績の事で
父親と殴り合いの喧嘩も
したらしい

事の発端は
酒に酔って帰宅した父親が
高校生の弟に
「貸したジャージ、どこやった?」
とたずねたところ
次男は「どこにやったか分からない」
と返事した事からクドクドと
生活態度に関する説教が始まり
それを聞いていた容疑者が
仲裁に入った上で
父親に向かって「やめないと刺すぞ」
と言い本当に刃渡り13cmの
果物ナイフで刺してしまったとか
フツー止めに入るのに
ナイフなど物騒な物は持たない
恐らく容疑者は日頃から
父親に対して鬱積した感情が
あったのだろうと言う事です

ネットでは
恵まれた環境にあるのに
こんな事件を起こしてしまった
容疑者に対する短絡さに
非難が散見されますが
皆さんのこの年代だった頃を
思い出して戴きたい
この年代の男子って
良くも悪くも父親に反発する事から
自我が芽生えてくるものだし
まだまだ世間知らずで
真面目であればある程
潔癖で真っ直ぐな考え方しか
出来ない場合が多い為
自分を追い込んでしまうケースが多い
大抵は10代半ばから
そんな感情が
芽生えてくるものだけど
容疑者となってしまった長男は
多分これまで何年も
もがいていたのではないでしょうか

一方父親は「昭和の父親像」
と言われているように
いわゆる「頑固親父」で
高圧的だったのかも知れない
息子の体にアザがあったと言うから
殴ったりもしていたのでしょう
ただそれも息子に高学歴をつけさせ
世の中の「勝ち組」にしたい
一心からだったのかもだし
自分の父親が漫才師だった事に
コンプレックスを感じていた故
少々上からプレッシャーを掛け過ぎ
それが息子達の理解を
超えていたのかもね
でも漫才師だって立派な職業だし
それで家族を養っていたワケで
子供に心の中で自分の職業を
蔑まれていたコロンビア・ライトさんの
心境は如何ばかりだったのだろう
それとも昔の芸人さんだから
家庭を顧みなかったのかもねぇ

この事件
どこかでボタンの掛け違い
と言うか言葉足らずの
部分があった為の悲劇だと
思われる

こんな事書くと
皆さんにドン引きされるでしょうが
僕の亡くなった父も
ワンマンな人で癇癪持ち
機嫌の良い時は孫を
猫可愛がりして子煩悩と言うか
孫煩悩なんだけど
僕は物心付いてから
父に遊んで貰った記憶が無い
ただ外づらは良くて
悪く言う人などいなかったけど
家庭の中では気に入らない事があると
木刀持って暴れまわるような人でした
僕が何か言うと親に歯向かった
子を作った親が子を殺すのも自由だ
等と無茶苦茶な論理で
その口切り裂いてやると
何度包丁を持って
追い掛け回された事だろう
僕の憎悪はいや増すばかりでした
家族故の愛憎は
複雑な感情が絡み合って
嫌いだからと言っても
避けられない場合が多い分
根も深くなる

僕は子供の頃
経済的には何不自由なく育ち
欲しい物は大抵手に入った
まぁそれは母の遣り繰りが
あったお陰なんだけど
長じて会社の運転資金も
遣い込んで
そのツケをいつも家族に
始末させる父が許せなかったし
何より女である母を泣かせる
男としての父を認める事が
出来ず忸怩たる思いを秘めていた
女を泣かせるような男にだけは
なるまいと密かに誓っていました
正直幾度か包丁を握り締めて
父の寝室に入り
こんなヤツいない方がいいんだと
寝ている父を睨んだ事だろう
その度に
自分の一生をこんなヤツの為に
棒に振る事は愚かだと
うつむいて出て行った

そんなハチャメチャな父だったけど
僕が高校に進学した頃から
体調を崩し考え得る診断や
治療を受ける為に
病院や民間療法を捜しては
転々とした
付き添いは大半母がしていたけど
病院の手配や手続き
医師との折衝などは僕がやった
それはとりもなおさず
大嫌いな父だったけど
万一の事があった時に
自分は絶対
後悔したくなかったから
それに尽きます

とある日
僕が学校を終えて
帰りに父を見舞った時に
ベッドで臥せっている父が
やけに小さく見えて
「あぁこの人はもう僕が張り合う人じゃなく
 僕が守る人になってしまったんだ」
と感じた時涙が溢れてきて
その時に病室の窓から見えた夕日を
今でも僕は忘れない
一体何の涙だったのか
僕自身にも説明はつきません
悔しさだったのかも知れません

病床で父は母に
僕にきつく言い過ぎたと
後悔しているような事を
漏らしていたようですが
僕には最後まで憎まれ口を
叩いていたので
僕も黒子のように事務的に
病院側と折衝していただけで
実際は父がまた問題を起こした際
僕が何とかかんとか尻拭いした後
アンタが死んでも葬式に出ないし
将来僕が結婚する時にも
アンタは呼ばないと
直接父に言葉を叩きつけていた

ただ一度
僕が編入した小学校で
いわゆる陰湿な「イジメ」に
遭っていた時
それを知った父から
「兎も角学校に行け
 行ってどうしても教室に
 入られなかったら帰って来い」
と言われた言葉を今でも憶えている
正直嬉しかったのと
そこまで言われて
逃げ帰ったら男じゃないと思った
それからかな
少しずつ僕の周りへの
アプローチが変わっていったの

けどやっぱ父が最期を迎えるまで
犬猿の仲だったかな
僕自身父に対して
それまでやるべき事は
やったと感じていたので
今は亡き上の姉から
学校に父危篤の
知らせが入った時も
僕は病院に
向かう気が無かったので
椅子に座り
教科書を開いたままだった
教師やクラスメイトから
「頼むから行ってくれ」
と言われ渋々向かった次第
勿論臨終には間に合わなかった
僕は「よく頑張ったな」と
父の頭を撫でてやったけど
不思議と後悔は無かった
父が男だったせいもあるだろうし
当時の自分が出来る事はやった
と言う思いがあったからじゃないかと思う
ただ予想できていた
来るべき時がやって来ただけ
でもクリスマスの日の葬儀を終え
最期に僕が会葬者に喪主として挨拶し
父の棺が納められた霊柩車に
乗り込みドアを閉めた途端
涙が溢れた

無茶苦茶な父だったけど
そうとしか生きられなかった
そうとしか表現できなかった
気の弱い気の毒で優しい人
僕に対しても
自分と似ていない性格に
どう接すればよいか
解らなかったのだろう
と思えるようになったのは
亡くなって暫く経ってからです
亡くなってしまえば
苦い想い出も笑い話になってしまう
父はズルイと思った
多分まだ生きていれば
角付き合わせたままでしょう

だから今回の慶大生の
父親刺殺事件も
真相は知らないけど
容疑者になってしまった長男も
死んでしまった父親の思いも
ある程度想像はできる
ひょっとして僕が高校生の時
父親殺しの犯罪者に
なっていたかも知れないから

家族って意外と言葉不足で
「忖度」を期待しちゃう部分が
大きいからね


------------21:36
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テーマ : 気になったニュース
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プロフィール

まっとし

Author:まっとし
一応ゲイやってますが
ひとりの人として
日々感じる事をダラダラ書いてる
カナダ生まれのQuarterです
今は神戸に住んでいます
日本語OK
でも漢字は苦手(^^ゞ

2013年3月14日に
長年一緒にいて
家族とも思っていた元野良猫の
「ニャンコ」を
腎不全からの尿毒症で
たった2日で呆気なく亡くし
ちょっと寂しいですが
お隣が捨てた半野良ネコの
「トラ美ちゃん」が
訪ねてきてくれるので
その世話で気分が紛れていますねぇ(=^・^=)

「Twitter」や「Facebook」
などのSNSはやっていない為
「いいね!」とか「ツィート」
等はクリックできないので
予めご容赦下さい
<(_ _)>

22 Dec.2014 ブログ名変更

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